丁石の道、花折へんろ道を進みます。細川家住宅に立ち寄ったら、私は知らなかった、曽江谷川沿いのへんろ道を見つけました。・・・・・・・・・・・・・
写真の奥へ向かう道が、現在の大久保道(大窪道)です。 左右に通った道は、旧長尾街道。上の図では、両側に家が立ち並んでいる道になります。すでに図でも門前町が形成されていることがわかります。そのうちの一軒は「茶屋」のようです。
志度寺からは、東進する讃岐街道と別れて、南下します。南下の道は、はじめの3㌔ほどは県道3号・志度ー山川線(写真)ですが、それ以降は、県道3号にほぼ並行して残る、旧へんろ道となります。
藤原不比等が死度道場と呼び、その子、房前が志度寺と改めたというこの寺は、海女の玉取り伝説を伝えます。
八栗寺から志度寺への道中を楽しみました。
志度駅から八栗駅へ戻り、五剣山八栗寺へ参ります。上りは、体力を考え、ケーブルにしました。
奈半利までの途中には、吉良川、羽根、加郷領など、古いたたずまいを残す街があり、楽しみです。また羽根岬越えの道も、石畳が残っているなど、昔の風情を残しているとのことで、楽しみにしています。
津照寺から金剛頂寺までをまとめてみました。室津港の築港が最蔵坊ー野中兼山ー一木権兵衛と継がれてゆく様は、興味深いですね。
談古嶺→千間堂跡→遊鶴亭とまわって、できれば屋島の最北端、長崎ヶ鼻まで行きたいと考えています。その場合の帰途は、海沿いの県道となりますが、長崎ヶ鼻を断念したときは、引き返し、旧遍路道の急坂を檀ノ浦に下ります。
以前のように歩けないことが苦になっていたのですが、20年前のある方との出会いに導かれ、足弱なりの歩きができるようになりました。
鬼無から一宮寺、田村神社へと向かいます。鬼無では、桃太郎神社を訪ねました。船に乗ってやってきた桃太郎のお話を伝える神社です。
登り口の墓地から、標準時間2時間10分くらいのところを、3時間近くかけて登ってきました。時刻は10:55です。
80番国分寺から81番白峰寺へ、へんろ転がしと呼ばれる急坂を登ってみました。年取った身には、応えました。
ここでは参拝のほか、讃岐国分寺跡資料館、国分寺跡史跡の見学に、少し時間をかけます。讃岐国分寺は、天平の名残をとどめる、数少ない国分寺だからです。
6:10 徳島駅前に着きました。雨は上がっています。しかし、大雨被害の影響が交通機関に出てはいないか、心配されるところです。やはり影響が出ていました。牟岐線の日和佐ー牟岐間が、土砂流出のため不通となっています。
前号では金山から八十場へ下山。白峰宮へ向かうところまでを記しました。 澄禅さんが・・大師御定めの札所・・と記した金山薬師から降りて、やはり澄禅さんが、・・今あやまりて来と也・・と記す(前号参照)、79番へと進みます。
夜中、(私は気づかなかったのですが)宮崎で震度5弱の地震があったとのこと。 一瞬、4ヶ月前、令和6年(2024)8月に起きた、マグニチュード7.1の地震が頭をよぎりました。
午前中は高瀬から本山寺へ逆歩きし、「石の塔」、権兵衛神社、宇賀神社、忌部神社、妙音寺、本山寺を訪ねました。(以上前号) 午後は、本山駅から宇多津へ予讃線で移動。聖通寺山(しょうつう寺山)を訪ねます。
足慣らしも兼ねて、高瀬の宿から70番本山寺へ逆歩きし、予讃線本山駅から宇多津へ移動。宇多津と坂出の境界上にある、聖通寺山を歩いてみます。
地図を載せておきました。この日歩くエリアは、「協力会地図」には載っていないからです。右下の、大水上神社の宮奧であるA点から、順にB→C・・へと歩いていてゆきます。
・・ 香川県の西讃地域(三豊市、観音寺市)は、財田川の伏流水を自己水源として利用しており、三豊市と観音寺市の25%前後の水道水を、財田川の伏流水の利用によって・・(財田川の水を守る会HP)
初日の行程も、思い切って短くしました。観音寺駅から、流岡町丸山にある加麻良神社(かまら神社)を訪ね、70番本山寺に参拝。歩いて10分ほどの、本大ビジネスホテルに泊ります。
五社さん・高岡神社の御神幸は、「仁井田川」に向かって進みます。この場面では、四万十川より仁井田川の方が、状況に合う呼称でしょう。仁井田川の手前を右に折れ、田んぼの中の御旅所に、五社の神輿は鎮座します。
この辺りでは国道321号が、大月町と宿毛市の境となっています。宿毛に向かって左側が宿毛市、右側が大月町です。そしてこの天満宮は、左側、つまり宿毛市の小筑紫に属しています。「小筑紫」の名は、菅原道真公が太宰府へ失意の赴任をする途中、・・
西田さんは、赤泊の旧善根宿・西田家のご当代です。遍路たちが残した納め札は、なんと12000枚にも及ぶと言います。とはいえ、この段階では、私たちは西田さんのご住所も電話も知りません。
38番金剛福寺にお参りし、これより足摺岬西海岸を歩いて、宿毛に向かいます。途中、もちろん月山神社にもお詣りします。写真は、金剛福寺周辺に張り巡らされた、散策路です。
今号は、真念庵から38番金剛福寺へ向かうところから始まります。金剛福寺からは、二度目の月山詣りを経て、39番延光寺へと進み、その先の行程は、まだ2日ほど日程が余ると思うのですが、宿毛の宿で決めます。
「八坂寺」の「八坂」(やさか)は、「弥栄(いやさか)に通じるといいます。いよいよ栄える、めでたい寺名です。また「八坂」は、伊予の国司・越智玉興が創建時に切り開いた、「八つの坂」に由来するともいいます。
岩屋寺で、東京からおいでの青梅さんと出会いました。区切り遍路5日目にして、始めて出会った歩き遍路さんです。彼もまた話に「飢えて」いたらしく、互いに引き寄せられるように、挨拶を交わしていました。
今日は久万高原まで歩きます。雨、それもかなり強い雨が予報されていますが、梅雨末期の遍路です。仕方ありません。最初の目標地は、遍路道が国道380号を行く農祖峠遍路道と、国道379号を行く鴇田峠遍路道に分岐する地点、突合(つきあわせ)です。