楽しく遍路

四国遍路のアルバム

(R7秋12)花折へんろ道を 元多和小学校まで

丁石の道、花折へんろ道を進みます。細川家住宅に立ち寄ったら、私は知らなかった、曽江谷川沿いのへんろ道を見つけました。・・・・・・・・・・・・・

(R7秋11)大久保道を へんろ資料館へ

写真の奥へ向かう道が、現在の大久保道(大窪道)です。 左右に通った道は、旧長尾街道。上の図では、両側に家が立ち並んでいる道になります。すでに図でも門前町が形成されていることがわかります。そのうちの一軒は「茶屋」のようです。

(R7秋10)長尾道  長尾観音寺 観音院長尾寺

志度寺からは、東進する讃岐街道と別れて、南下します。南下の道は、はじめの3㌔ほどは県道3号・志度ー山川線(写真)ですが、それ以降は、県道3号にほぼ並行して残る、旧へんろ道となります。

(R7秋9)死度道場 志度寺

藤原不比等が死度道場と呼び、その子、房前が志度寺と改めたというこの寺は、海女の玉取り伝説を伝えます。

(R7秋8)八栗新道 八栗寺一の鳥居 志度寺奥の院 魚霊堂 志度寺へ

八栗寺から志度寺への道中を楽しみました。

(R7秋7)八栗駅 石匠の里公園 五剣山八栗寺 歓喜天 中将坊堂 志度寺へ

志度駅から八栗駅へ戻り、五剣山八栗寺へ参ります。上りは、体力を考え、ケーブルにしました。

(H20夏3)道々の風景 吉良川 羽根岬 加領郷 奈半利

奈半利までの途中には、吉良川、羽根、加郷領など、古いたたずまいを残す街があり、楽しみです。また羽根岬越えの道も、石畳が残っているなど、昔の風情を残しているとのことで、楽しみにしています。

(H20夏2)津照寺 最蔵坊の願船寺 一木権兵衛の一木神社 室津湊 金剛頂寺

津照寺から金剛頂寺までをまとめてみました。室津港の築港が最蔵坊ー野中兼山ー一木権兵衛と継がれてゆく様は、興味深いですね。

(R7秋6)高松さんと 屋島寺の故地 北嶺へ

談古嶺→千間堂跡→遊鶴亭とまわって、できれば屋島の最北端、長崎ヶ鼻まで行きたいと考えています。その場合の帰途は、海沿いの県道となりますが、長崎ヶ鼻を断念したときは、引き返し、旧遍路道の急坂を檀ノ浦に下ります。

(R7秋5)行き当たりばったり遍路に開眼 やしま道

以前のように歩けないことが苦になっていたのですが、20年前のある方との出会いに導かれ、足弱なりの歩きができるようになりました。

(R7秋4)鬼無・桃太郎の里から一宮寺・田村神社へ

鬼無から一宮寺、田村神社へと向かいます。鬼無では、桃太郎神社を訪ねました。船に乗ってやってきた桃太郎のお話を伝える神社です。

(R7秋3)白峰から青峰へ 根香寺道

登り口の墓地から、標準時間2時間10分くらいのところを、3時間近くかけて登ってきました。時刻は10:55です。

(R7秋2)老いぼれて行く国分坂  国分寺から白峰寺へ

80番国分寺から81番白峰寺へ、へんろ転がしと呼ばれる急坂を登ってみました。年取った身には、応えました。

(R7秋1)天平の名残とどめる讃岐国分寺 80番札所

ここでは参拝のほか、讃岐国分寺跡資料館、国分寺跡史跡の見学に、少し時間をかけます。讃岐国分寺は、天平の名残をとどめる、数少ない国分寺だからです。

(H20夏1)渋谷発 徳島 甲浦 佐喜浜 御厨人窟

6:10 徳島駅前に着きました。雨は上がっています。しかし、大雨被害の影響が交通機関に出てはいないか、心配されるところです。やはり影響が出ていました。牟岐線の日和佐ー牟岐間が、土砂流出のため不通となっています。

(R7冬7)79番天皇寺 醍醐寺 古醍醐寺基壇 鴨廃寺 馬ノ神宝塔 山内瓦窯跡 80番国分寺

前号では金山から八十場へ下山。白峰宮へ向かうところまでを記しました。 澄禅さんが・・大師御定めの札所・・と記した金山薬師から降りて、やはり澄禅さんが、・・今あやまりて来と也・・と記す(前号参照)、79番へと進みます。

(R7冬6) 坂出 八十場の水 金山神社 瑠璃光寺 奥の院 けいの里 79番天皇寺へ

夜中、(私は気づかなかったのですが)宮崎で震度5弱の地震があったとのこと。 一瞬、4ヶ月前、令和6年(2024)8月に起きた、マグニチュード7.1の地震が頭をよぎりました。

(R7冬5)聖通寺 奥の院 四面津玉座 聖通寺城址 石積古墳 塩竈神社 阪出墾田之碑

午前中は高瀬から本山寺へ逆歩きし、「石の塔」、権兵衛神社、宇賀神社、忌部神社、妙音寺、本山寺を訪ねました。(以上前号) 午後は、本山駅から宇多津へ予讃線で移動。聖通寺山(しょうつう寺山)を訪ねます。

(R7冬4)高瀬 高津神社 石の塔 爺神山 権兵衛神社 宇賀神社 忌部神社 妙音寺 本山寺

足慣らしも兼ねて、高瀬の宿から70番本山寺へ逆歩きし、予讃線本山駅から宇多津へ移動。宇多津と坂出の境界上にある、聖通寺山を歩いてみます。

(R7冬3)大水上神社 歓喜院 嫁楽観音・地蔵寺 鬼ヶ臼山 高瀬

地図を載せておきました。この日歩くエリアは、「協力会地図」には載っていないからです。右下の、大水上神社の宮奧であるA点から、順にB→C・・へと歩いていてゆきます。

(R7冬2)本山寺 豊姫神社 延命院 高都神社 白坂庵 大水上神社

・・ 香川県の西讃地域(三豊市、観音寺市)は、財田川の伏流水を自己水源として利用しており、三豊市と観音寺市の25%前後の水道水を、財田川の伏流水の利用によって・・(財田川の水を守る会HP)

(R7冬1) 観音寺 加麻良神社 70番本山寺

初日の行程も、思い切って短くしました。観音寺駅から、流岡町丸山にある加麻良神社(かまら神社)を訪ね、70番本山寺に参拝。歩いて10分ほどの、本大ビジネスホテルに泊ります。

(H22秋7) 五社の道 高岡神社大祭 岩本寺

五社さん・高岡神社の御神幸は、「仁井田川」に向かって進みます。この場面では、四万十川より仁井田川の方が、状況に合う呼称でしょう。仁井田川の手前を右に折れ、田んぼの中の御旅所に、五社の神輿は鎮座します。

(H22秋6) 大月町弘見から小筑紫 宿毛市街 延光寺

この辺りでは国道321号が、大月町と宿毛市の境となっています。宿毛に向かって左側が宿毛市、右側が大月町です。そしてこの天満宮は、左側、つまり宿毛市の小筑紫に属しています。「小筑紫」の名は、菅原道真公が太宰府へ失意の赴任をする途中、・・

(H22秋5) 竜串 小才角 大浦 大月へんろ道 月山神社 赤泊の浜 旧善根宿西田家

西田さんは、赤泊の旧善根宿・西田家のご当代です。遍路たちが残した納め札は、なんと12000枚にも及ぶと言います。とはいえ、この段階では、私たちは西田さんのご住所も電話も知りません。

(H22秋4) 白山神社 白皇神社 白山洞門 松尾天満宮 女城神社 明神宮 竜宮神社 中浜

38番金剛福寺にお参りし、これより足摺岬西海岸を歩いて、宿毛に向かいます。途中、もちろん月山神社にもお詣りします。写真は、金剛福寺周辺に張り巡らされた、散策路です。

(H22秋3) 真念庵から 大岐 久百々 以布利 窪津 津呂 38番金剛福寺

今号は、真念庵から38番金剛福寺へ向かうところから始まります。金剛福寺からは、二度目の月山詣りを経て、39番延光寺へと進み、その先の行程は、まだ2日ほど日程が余ると思うのですが、宿毛の宿で決めます。

(H22夏5)八坂寺 文殊院 札始大師堂 日尾八幡西林寺浄土寺繁多寺 51番石手寺

「八坂寺」の「八坂」(やさか)は、「弥栄(いやさか)に通じるといいます。いよいよ栄える、めでたい寺名です。また「八坂」は、伊予の国司・越智玉興が創建時に切り開いた、「八つの坂」に由来するともいいます。

(H22夏4)45番岩屋寺 三坂峠 46番浄瑠璃寺

岩屋寺で、東京からおいでの青梅さんと出会いました。区切り遍路5日目にして、始めて出会った歩き遍路さんです。彼もまた話に「飢えて」いたらしく、互いに引き寄せられるように、挨拶を交わしていました。

(H22夏3)大瀬 新田八幡神社 三嶋神社 下坂場峠 鴇田峠 44番大宝寺 上黒岩遺跡

今日は久万高原まで歩きます。雨、それもかなり強い雨が予報されていますが、梅雨末期の遍路です。仕方ありません。最初の目標地は、遍路道が国道380号を行く農祖峠遍路道と、国道379号を行く鴇田峠遍路道に分岐する地点、突合(つきあわせ)です。