北さんと私は、伊予富田駅近くのビジネスホテルを発ち、59番国分寺に向かいました。その後、国分尼寺、栴檀寺などを経て、60番横峰寺への登り口がある、丹原町に宿をとります。しかし、予約はまだです。
えひめの記憶は大西新町を、・・明治維新までは松山の城下にあるものは何でもあるといわれるほど栄えた免租の在町・・と記しています。その中心が、この辻で、江戸時代、ここには種々の布告や禁令の制札を立てておく札場があったといいます。
引用をストックしました
引用するにはまずログインしてください
引用をストックできませんでした。再度お試しください
限定公開記事のため引用できません。